コロナ禍における花粉症患者数の推移と漢方

花粉症を含むアレルギー性鼻炎の動向を医療ビッグデータから読み解く

春の気配を感じるようになると花粉症の患者さんには辛い季節がやってきます。毎年のように花粉症に悩まされている方もいれば、今年初めて症状が出たという方、症状の中でも目がかゆい方、鼻がムズムズする方など、花粉症の罹患歴も症状も十人十色です。

実際のところ、花粉症を含む「アレルギー性鼻炎」の患者数はこの数年間どのように変化しているのでしょうか。そこに地域差はあるのでしょうか。またアレルギー性鼻炎に対しては、どのような治療薬が処方されているのでしょうか。
花粉症にまつわるこうした疑問について、株式会社JMDCが保有するレセプトデータを用いて統計的に調査しました。

今回は、アレルギー性鼻炎の患者さんと、その患者さんに処方された薬剤の中でも漢方に着目し、「アレルギー性鼻炎患者数の推移(全国・地域別)」「処方された漢方薬と治療期間」について分析を行いました。その結果をご紹介します。

コロナ禍でアレルギー性鼻炎の患者数が激減

2012年9月〜2022年8月までの10年間に、血管運動性鼻炎およびアレルギー性鼻炎(以下、アレルギー性鼻炎)を発症した患者数を、年次(図1)および月次(図2)で示します。

まず年次から見ていきましょう。毎年9~8月の患者数は、母集団303万人に対して、2013~2014年には495,821人、2014~2015年に522,221人、2015~2016年に544,760人、2016~2017年に557,498人、2017~2018年で599,563人と、毎年約1万~3万人のペースで増加を続け、2018~2019年では60万人を突破しています。

ところが、2018~2019年をピークに患者数は急激に減少しています。その理由として考えられるのが、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)です。新型コロナウイルスの感染が初めて確認されたのは2019年、パンデミックと表明されたのは2020年3月です。実際この時期を境に、保険診療を受けたアレルギー性鼻炎患者数は2019年9月~2020年8月に529,280人、2020年9月~2021年8月に484,434人と激減しています。減少の背景には、新型コロナウイルス流行による外出制限や病院の診療制限などのほか、マスクの着用や、屋内で過ごす時間が長くなったことによる花粉曝露機会の減少などが考えられます。

図1 10年間のアレルギー性鼻炎患者数の推移(年次)
※n=3,034,601

アレルギー性鼻炎と診断された患者さんの数を月次で示したのが図2です。例年2~4月の間に患者さんが急増し、3月にピークを迎えるのは、この時期にスギやヒノキの花粉が飛散することによる影響だと考えられます。1950年頃〜1970年頃に植えられたスギやヒノキの人工林が、25〜30年かけて花粉を大量に飛散させる樹齢に育ってきましたが、木材としての需要の低迷からスギやヒノキの伐採が進まず、飛散する花粉量が増えたことで、アレルギー性鼻炎患者さんの数が上昇し続けたと考えられます。

しかし2020年に関しては、花粉飛散量は例年の半分程度でしたが、暖冬の影響で花粉が飛び始めたのが2月初旬と例年よりも早く、2月の中旬には飛散のピークを迎えました。この年の患者数も2月がピークで、花粉飛散のピークと一致していることから、花粉の飛散がアレルギー性鼻炎の発症と関係していることが確認できます。

図2 10年間のアレルギー性鼻炎患者数の推移(月次)
※n=3,034,601

アレルギー性鼻炎の発症率は関東地方で高い傾向に

次に、地域によってアレルギー性鼻炎の患者数に違いがあるかについてみてみましょう。

2017年9月~2022年8月の5年間に、アレルギー性鼻炎を発症した患者さんの割合を地域別に集計した結果を図3に示します。これを見ると、地域によって特別大きな数値の差異はありませんが、いずれの年度においても北海道・東北と九州・沖縄が相対的に低く、また関東は常にトップであることがわかります。特にスギやヒノキの花粉症の症状が出やすい3月は、関東のアレルギー性鼻炎発症率は15%を超え、他の地域よりも高い傾向を示しています。

一説によると、関東はコンクリートに覆われている地面が多く、花粉が地面に吸収されないのに加え、大気汚染物質が花粉症を発生しやすくしているとも言われています。またその他にも、花粉症の有病率と花粉量、飛散期間、湿度には因果関係があり、特に乾燥化が進んでいる都市部に花粉症が多いとの考えや、地理的条件による風の影響で首都圏に花粉が多く飛来するため、などの考察もあります。しかし東海と甲信越は森林面積が広く、花粉症の原因となるスギやヒノキが多いにも関わらず、統計上では中部の発症率が関東よりも低くなっています。そのため、これらの説について真偽のほどは明らかではありません。

図3 地域別に見るアレルギー性鼻炎患者の推計受診率の推移
※母集団はJMDCが各年度に受領した地域別の人口を適応

くしゃみ、鼻水、鼻づまり。花粉症には、小青竜湯の処方が多い

アレルギー性鼻炎の治療では、花粉など原因となる物質の除去・回避に加え、薬剤による治療が行われます。医師による診察の結果、アレルギー性鼻炎と診断された患者さんは、どんな薬剤を処方されたのでしょうか。薬剤による治療では、症状や重症度に応じて抗ヒスタミン薬やステロイドなど様々な薬剤が使われます。ここでは、薬剤の中でも漢方に着目しました。2017年9月~2022年8月の間に処方された漢方に関する集計データをご紹介します。

図4で方剤ごとに詳しく見てみると、この統計を開始した2017年から5年間で最も多く処方されているのは 小青竜湯 です。ほかに処方が多い漢方には、葛根湯 麦門冬湯葛根湯加川芎辛夷 などがあります。

いずれの漢方も3月における処方が多く、月別のアレルギー性鼻炎患者数に比例しています。また同様に、コロナ禍に当たる2020年から2022年にかけては、花粉の飛散量が少なかったことも加わり、処方を受けた患者数は減少傾向にあります。漢方の方剤別に見ても、母集団935万人に対し、小青竜湯は2019年には19,777人でしたが、翌年からは11,209人、12,630人、10,642人となっています。また 葛根湯 についても、2019年の4,841人をピークに、 3,959人、 3,167人、3,126人と減少しています。
これに関しても、新型コロナウイルスの感染拡大により医院を受診する患者さんの数が全体的に減少したためと推測できます。

小青竜湯 は、花粉症の主な症状である水のような鼻水や、くしゃみ、鼻づまりを抑制する効果があるとされています。このほか、眠くなる成分が含まれておらず、また長期的に服用しても重い副作用がほとんど見られないこと、さらに風邪に対する効果が知られていることも処方を後押ししているのかもしれません。

図4 アレルギー性鼻炎患者に処方された漢方の成分別推移
※n=9,351,801

コロナ禍で処方日数が増加

アレルギー性鼻炎を発症し、かつ漢方を処方された患者さんについて、1処方当たりに平均して何日分の薬剤が処方されたかをまとめたのが図5です。母集団は935万人です。

これを見ると、新型コロナウイルスがパンデミックに相当すると表明された2020年3月以降から、処方日数が平均して3日分増えています。具体的には、2017年9月~2020年2月までは平均21.8日だったのに対し、2020年3月~2022年8月の平均は24.6日です。またデータにおける直近1年間(2021年9月~2022年8月)についても、同じく平均24.6日となっています。

月ごとの統計では、全体的に12~1月、7~8月、9月頃に処方日数が長めになる傾向があります。

パンデミック以降の処方日数の増加は、先の分析と同様に、通院回数が減ったことと関係していると推測できます。また月による変化については、新型コロナウイルスの感染ピークが夏と冬であるのに加え、年末年始、夏季休暇、シルバーウイークなどの長期休暇と重なって通院回数に比例していると思われます。

図5 アレルギー性鼻炎患者に処方された漢方の1処方あたりの投与日数推移
※n=9,351,801

花粉症の治療に、漢方という選択肢

アレルギー性鼻炎に関するビッグデータの分析から、アレルギー性鼻炎の患者さんは地域によって来院率に差があることや、新型コロナウイルスの影響が一部見受けられることもわかりました。

アレルギー性鼻炎の中でもスギ・ヒノキの花粉の飛散量が増える2〜4月は特に、花粉症の患者さんの占める割合が増加していることが確かめられました。

また、漢方では 小青竜湯 の処方が多いことも改めて確認できました。毎年花粉症の症状に悩まされているという方は、漢方も選択肢の1つになりそうです。医師や薬剤師への相談のうえ、各自の症状に見合った治療を選択してください。