お腹のトラブル改善に、体質に合った漢方によるテーラーメイド治療を

上原聡先生

上原内科クリニック
院長 上原 聡 先生

器質的異常を認めないお腹のトラブルは、漢方薬の得意分野

腹痛と便通異常(便秘、下痢)は日常診療でよく遭遇するお腹のトラブルです。腹痛の原因疾患は多岐にわたりますが、器質的異常を認めない機能性消化管疾患としての「機能性ディスペプシア」や「過敏性腸症候群」が頻度の高いものです。

また、便秘もいろいろな原因で生じますが、日常診療で一番よく遭遇するのはいわゆる「慢性機能性便秘」です。便秘治療の領域では10年ほど前から新しいカテゴリーの新薬が処方できるようになった一方で、「ねじれ腸」という概念が提唱され、それに対する腹部マッサージや上半身のツイスト運動が奏効することがわかってきました。

「たかが便秘、されど便秘」と呼ばれるような活況を呈している領域です。

よくあるお腹のトラブル

  • 機能性ディスペプシア
  • 過敏性腸症候群
  • 慢性機能性便秘

これら「機能性ディスペプシア」や「過敏性腸症候群」、そして「慢性機能性便秘」の治療においては、西洋薬と同じくらい、いやそれ以上に、漢方薬が役立ちます。漢方薬の得意分野といっても過言ではありません。以下に、具体的な漢方治療を述べていきたいと思います。

便秘や下痢の背景に、がんなどの器質的疾患が隠れていることも

ただし、これらの病気では器質的疾患を認めないことが大前提になります。

最近、高血圧症などで近くの内科クリニックに通院されている方が、便秘を訴えて当院を初診されました。数日前にかかりつけ医を受診して、センノシドを6回分処方されたものの、便秘が続いている、とのことでした。腹部診察をしてみると、著明な腹部膨満を認めましたので、直ちに腹部CT検査を行いましたところ、腹腔内に腹水が充満していることが確認されました。血液検査で腫瘍マーカーの高値もみられましたので、卵巣癌+癌性腹膜炎疑いとして、近くの総合病院産婦人科へコンサルテーションしました。精査の結果、虫垂粘液癌+腹膜播種+癌性腹膜炎と診断され、現在、緩和ケアを受けております。便秘診療の難しさを痛感したケースです。

また、嘔気、腹痛、便秘を訴えて受診された26歳の男性がいらっしゃいます。過敏性腸症候群として治療を開始しましたが、症状が続くということで血液検査をしましたところ、貧血が認められました。年齢、症状、貧血を考え合わせてクローン病などの炎症性腸疾患を考えて大腸内視鏡検査を施行しました。しかし、結果は予想に反して進行性大腸癌でした。26歳という若さでも進行性大腸癌を発症することを学んだ貴重なケースです。

漢方医学的病態分類を用いてきめ細かなテーラーメイド治療を実現

日本消化器病学会が発刊した機能性ディスペプシアの治療ガイドラインには、酸分泌抑制薬と運動機能改善薬とともに、 六君子湯(りっくんしとう) が一次治療薬として推奨されています。さらに、漢方医学的な分類を用いて、気虚タイプには 六君子湯 が奏効するのに対して、気滞タイプには 茯苓飲(ぶくりょういん) 大柴胡湯(だいさいことう) がより適していることもわかってきました。漢方医学的病態分類を用いることにより、治療効果がさらに高まります。

また、過敏性腸症候群の基本治療薬としては 桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう) が頻用されますが、便秘型過敏性腸症候群には 桂枝加芍薬大黄湯(けいしかしゃくやくだいおうとう) が、下痢型過敏性腸症候群には 半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう) などがより適した漢方薬として知られており、きめ細かいテーラーメイド治療が実践されています。

一方、便秘に対する漢方治療も、 麻子仁丸(ましにんがん) を基本処方として、実証の方には 大承気湯(だいじょうきとう) 桃核承気湯(とうかくじょうきとう) 、虚実中間証の方には 麻子仁丸(ましにんがん) 潤腸湯(じゅんちょうとう) 、そして虚証には生薬の 大黄(ダイオウ) を含まない 桂枝加芍薬湯 小建中湯(しょうけんちゅうとう) などが選択されます。こちらも、個々の患者さんの体質や病態に合わせた治療薬を用いることで、高い治療効果を目指しています。

このように、同じ疾患でも別の漢方薬を用いることを漢方医学では「同病異治(どうびょういち)」と呼び、同じ漢方薬でも西洋医学的には異なる疾患に処方することを「異病同治(いびょうどうち)」と呼びます。いずれも漢方医学の特徴を示している用語です。

お腹のトラブルに対して使用する漢方

機能性ディスペプシア

  • 六君子湯 :気虚タイプに
  • 茯苓飲 大柴胡湯 :気滞タイプに

過敏性腸症候群

  • 桂枝加芍薬湯 :基本処方として
  • 桂枝加芍薬大黄湯 :便秘型の方に
  • 半夏瀉心湯 :下痢型の方に

慢性機能性便秘

  • 麻子仁丸 :基本処方として
  • 大承気湯 桃核承気湯 :実証の方に
  • 麻子仁丸 潤腸湯 :虚実中間証の方に
  • 桂枝加芍薬湯 小建中湯 など:虚証の方に

漢方薬は「副作用が少ない」? 注意が必要な漢方薬も

西洋医学的診断名に対して漢方薬を処方することを「病名治療」と呼びます。例えば、便秘なので 麻子仁丸 を処方する、というケースです。しかし、上述したように、実証、虚実中間証および虚証によって、同じ便秘でも適した漢方薬は異なりますので(すなわち「同病異治」)、漢方医学的な診断「証」を適確に判断することが重要となってきます。この証に基づいた治療を「随証治療」と呼びますが、治療効果を高めるためには「随証治療」が重要となります。

一方、漢方薬は西洋薬と比べて副作用も少ない、という一般的な認識がありますが、漢方薬にも勿論、副作用はあります。その中で注意な必要なケースを1つだけあげておきたいと思います。

いわゆるこむら返りの特効薬に 芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう) という漢方薬があります。速効性があり、服用後は速やかに症状が軽快します。処方するととても喜ばれる漢方薬ですが、この 芍薬甘草湯 はその名の通り 芍薬(シャクヤク) 甘草(カンゾウ) という二種類の生薬から成る方剤です。 甘草 の含有量が多いので、頓服で服用する場合には全く問題はありませんが、ゴルフ愛好者などの中には1日3回の頻度で長期間連用している方を散見します。その場合、 甘草 の薬理作用として血圧上昇や血中カリウム値の低下などを呈する偽性アルドステロン症を来してしまうケースがあります。注意が必要な漢方薬として覚えておいてください。

漢方の力を有効活用し、お腹のトラブルを解消しよう

お腹のトラブルの原因疾患が悪性腫瘍である可能性は否定できません。すなわち、胃癌、膵癌、大腸癌などの消化器内科領域はもとより、女性の場合は卵巣癌や子宮癌などの婦人科領域の疾患も原因となります。従って、悪性腫瘍が疑われる場合、例えば、体重が減ってきている、貧血になっている、治療薬を飲んでいても症状が改善しない、といった状況では、消化器内科専門医や産婦人科専門医に診てもらう必要があります。

また、漢方薬を服用していても症状の改善が芳しくない場合は、「随証治療」の観点から、漢方専門医に相談することも大事なことです。

器質的異常がないお腹のトラブルには、漢方薬がとても役立ちますので、賢く適切な漢方薬を必要な期間にわたりしっかりと服用することが、大切な点です。漢方の力を有効活用し、お腹のトラブルを解消しましょう!

 

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院長 上原 聡 先生