ウェアラブルデータから見る、睡眠リズムの乱れと心の不調

睡眠リズムの乱れは心の病の発症につながる

毎日規則正しく過ごしたいけれど、仕事や勉強の都合で生活リズムが乱れがちという方もいるのではないでしょうか。生活リズムの中でも睡眠リズムが乱れることで、朝起きにくくなったり、気持ちが不安定になったりするなど、心身の不調を感じる人もいるかもしれません。

そこで今回は、睡眠リズムの乱れと精神疾患発症の関連を調べた研究をご紹介します。そのうえで、日常生活では何に気を付け、どのような行動をとるのが心の健康によいのかをみていきましょう。

ウェアラブルデータと健康診断データを用いて分析

一般に精神疾患は治りにくいと言われる病気ですが、早めに発見・治療ができれば、その後の経過は良好だと言われています。しかし現状では発症の予兆を把握することはとても難しく、その手がかりを探すための研究が続けられています。
そのひとつが、ウェアラブルデータの活用です。ウェアラブルデータとは、スマートウォッチなどに代表されるウェアラブルデバイスを身体に装着することで、日々の活動や睡眠などの状態を記録・収集したデータです。

これまでも、精神的な健康と睡眠・身体活動との間には何らかの関係性があると考えられており、ウェアラブルセンサーと携帯電話から収集したデータを分析した研究が行なわれていました。しかしデータ数や観察期間が十分でなく、精度の高い疾患発症予測には至っていませんでした。

株式会社JMDCは、自社が保有するウェアラブルデータと健康診断データと併せて解析し、精神疾患の発症に繋がるリスクを知るための研究を行ないました。その結果をまとめた論文が、国際学術誌『Frontiers in Digital Health』に掲載されています

精神疾患発症の3か月前から睡眠リズムが乱れる予兆

解析の結果、睡眠リズムの乱れ、軽度の身体活動時間、食生活の乱れや飲酒などが、精神疾患発症リスクと関連していることが確認されました。上位の要因を表1に、主な要因の重要度を図1に示します。特に睡眠に関する項目が多いことがわかります。

表1 精神疾患発症要因と疾患の兆候が発現する時期
※時期は、発症からさかのぼる時期

図1 各リスク要因の相対的な重要性
※学習データ全体を用いて構築したXGBoostモデルのFeature Importance(n=4,612)

今回の研究結果から、精神疾患を発症する3か月前頃から睡眠リズムの乱れが現れることが明らかとなり、安定した睡眠リズムを取り戻すことで、精神疾患発症の予防につながる可能性が示されました。

あなたの睡眠リズムは乱れていませんか?

2022年に発表された厚生労働省の統計では、認知症やうつ病などを含む精神疾患患者さんの総数は約419.3万人(入院・通院含む)でした。過去15年間で入院者の数は減少しているものの、通院している患者さんは増加傾向にあります。具体的には、躁うつなどの気分障害では約1.7倍、神経症性障害やストレス関連障害、身体表現性障害では約1.8倍に増えています。

気分障害や神経症性障害、ストレス関連障害、身体表現性障害の患者さんが増えた背景として、以前よりもうつ病や不安障害などの疾患についての理解が広がり、精神科を受診するハードルが下がったことも関係していると思われます。特に若い方や仕事をしている方では自身の心の健康に関心を寄せ、不調を感じて自ら来院したり、学校や職場から促されて受診したりするケースも多くなってきています。

このほかにも、経済不況や雇用の不安定化に伴う社会的ストレスの増大や、インターネットやSNSの普及による心の健康への影響も無視できません。

ストレスや生活環境の変化、不規則な生活習慣などにより、睡眠の質が悪化することもあるでしょう。眠っているのに疲れが取れない、睡眠時間がいつも長い、朝に起き上がるのがつらいなどの兆候が現れた場合は、睡眠リズムが乱れてきたサインかもしれません。

不眠など睡眠リズムの乱れを改善する漢方薬も

睡眠リズムの改善には、体内時計を整えることを心がけます。具体的には、朝起きたら太陽の光を浴び、夜には人工的な明るい光をできるだけ避けるよう心がけることです。このような生活を続けることで、自然と夜になったら眠くなるリズムを回復できるでしょう。

それでも心の不調が続く場合は、薬の力を借りることも検討してみてください。最近では睡眠改善効果をうたった市販薬やサプリメントを多く見かけるようになりましたが、不眠・不眠症の治療には、漢方薬が用いられることもあります。

不眠に対して使われる漢方の1つ、 加味帰脾湯 には体内時計を調整する作用があるだけでなく、別名「幸せホルモン」とも呼ばれるオキシトシンの分泌を増加させたという研究結果もあります。このほかにも精神不安、神経症、貧血の改善などにも有効とされています。

自分の体質や症状にあった漢方薬について、医師や薬剤師に相談してみましょう。
これらの方法以外にも、手軽に質の高い睡眠をとるには、次のような方法もあります。

  • カフェインやアルコールの摂取を控える
  • 入浴やマッサージで身体の緊張をほぐす
  • アロマや心地良い音楽を聴いてリラックスする など

自分に合った方法を無理なく続け、できるだけ早い段階で十分な睡眠をとり睡眠リズムを整えることが、うつ病などの精神疾患の予防につながることを覚えておきましょう。

【今回解析したデータについて】
今回の解析では、株式会社JMDCが提供する社会保険の加入者向けに健康情報に関するレセプトと健診データ、PHR(パーソナルヘルスレコード)データを結び付けたサービスを利用する大規模なデータベースを用いました。既に精神疾患のある患者さんを除外し、3か月以上継続的にウェアラブルデータをこのサービスに連携しており、定期的に健康診断を受けている人(4,612人)を対象に解析しました(調査期間:2016年8月〜2020年1月)。

【参考文献】
ⅰ: Saito T, Suzuki H, Kishi A. Predictive Modeling of Mental Illness Onset Using Wearable Devices and Medical Examination Data: Machine Learning Approach. Front Digit Health. 2022;4:861808.