不眠症などの睡眠トラブル改善に、漢方という選択肢

現代社会では、睡眠の質への関心が高まる一方で、睡眠障害に悩む方々も増えています。睡眠障害と診断のされた方に性別や年齢による違いはあるのでしょうか。睡眠障害の治療で処方された漢方にはどのような方剤があるのでしょうか。株式会社JMDCが保有しているレセプトデータから、睡眠障害患者さんの特徴や漢方薬による治療について紹介します。

睡眠障害患者さんの5人に1人が漢方処方

睡眠障害とは、睡眠に関連した多様な病気の総称です。必要とする睡眠時間が質的または量的に十分でなく、社会生活に影響が出たり悩みを抱えたりする「不眠症」、夜に十分な睡眠をとっているにもかかわらず日中に過度の眠気で生活に支障をきたす「過眠症」などが含まれます。睡眠障害は日常生活だけでなく、身体や精神にも悪影響を与えるため、適切な診断を受けて治療することが大切です。

代表的な睡眠障害である不眠症の治療は、睡眠薬などによる薬物療法と、不眠の原因となっている生活習慣の改善など薬によらないアプローチを組み合わせて行われます。睡眠薬の服用は、ふらつきや倦怠感といった副作用が出る可能性があるだけでなく、服用してもなかなかよくならない、あるいは一度改善しても再発してしまい、服用量の増加や治療の長期化などの問題も指摘されています。

このため、睡眠薬のほかに漢方が処方されることもあります。そこで、睡眠障害と漢方処方の全体像を把握するため、レセプトデータで睡眠障害と診断され、何らかの漢方を処方された患者さんについて調査しました。

分析に使用したのは2021年10月~2022年9月の間に集計した9,682,246人のデータです。このうち睡眠障害と診断されたのは576,692人で、全体の約5.9%に当たります。さらにこの中から何らかの漢方を1度でも処方されたのは124,695人で、その割合は約21.6%と、睡眠障害と診断された約5人に1人が漢方を処方されていました。

漢方処方割合は男性に比べて女性で2倍

次に、実際に睡眠障害と診断された患者さんのデータだけを使用し、男女別で比較しました。

分析の対象となった患者さんの数は以下のとおりです。

男性:302,348人(5,173,574人)
女性:274,344人(4,508,672人)
※カッコ内はいずれも母集団数。

睡眠障害と診断された患者さんの割合を男女別に見ると、男性が約5.8%、女性は約6.1%で、わずかながら女性が多い結果でした。(図1)

睡眠障害と診断された患者さんのうち、漢方が処方された患者さんの割合ⅱを見ると、男性が約14.7%、女性は約29.2%で、女性が男性の約2倍だったことがわかりました。(図2)

図1 睡眠障害と診断された患者さんの割合(性別)
(n=9,682,246)

図2 睡眠障害と診断されて漢方の処方を受けた患者さんの割合(性別)
(n=576,692)

睡眠障害と診断された割合が男性よりも女性で高くなった理由のひとつに、女性ホルモンの影響が考えられます。男性ホルモンが一定に分泌され加齢とともにゆるやかに減少するのに対し、女性ホルモンは月経に伴って約1か月周期で変動し、閉経に合わせて急激に減少します。このため、女性は男性に比べて性ホルモンの影響を受けやすく、身体の機能や精神面にも変化が現れ、これによって睡眠障害が起こりやすいと考えられます。

疾患の原因となっている臓器に対してピンポイントでアプローチする西洋薬とは異なり、漢方は体質そのものを改善して全身のバランスを整えることを目指して治療が行われます。バランスを整えることで女性ホルモンの影響をやわらげる効果を期待して、女性に多く処方される傾向があると推測できます。

高齢者より若年層での処方が多い漢方

睡眠障害と診断された患者さんⅲの割合を5歳刻みの年齢別にみてみると、0~9歳までは1%未満ですが、それ以降は年を重ねるごとに約1%ずつ増加していることがわかりました。(図3)

一方、睡眠障害と診断されて漢方の処方を受けた患者さんの割合は、10~14歳が約27.8%と最も多く、続いて15~19歳の約26.6%でした。20~54歳では20%前半台が続き、55歳以降では20%を下回っていました。(図4)

図3 睡眠障害と診断された患者さんの割合(年齢別)
(n=9,682,246)

図4 睡眠障害と診断されて漢方の処方を受けた患者さんの割合(年齢別)
(n=576,692)

睡眠障害患者さんの割合は年齢が上がるほど高くなる一方で、漢方の処方に関しては10~19歳の若年層が多く、それより上の年齢になると少なくなる傾向がみられます。10代の場合は、ホルモンや自律神経の乱れが睡眠障害を引き起こすケースが多いと考えられていることから、漢方との相性のよさがその理由かもしれません。また既に説明したように、副作用や依存性が低いことも処方に影響していると思われます。

方剤別、睡眠障害で処方された漢方は?

それでは最後に、睡眠障害に対して実際にどのような漢方が処方されたのかをみてみましょう。

睡眠障害×方剤別患者数ランキング

睡眠障害と診断された患者に処方された上位6方剤

  1. 抑肝散エキス/抑肝散加陳皮半夏
  2. 半夏厚朴湯
  3. 加味逍遙散
  4. 加味帰脾湯
  5. 酸棗仁湯
  6. 柴胡加竜骨牡蛎湯

このうち 加味逍遙散 は、冷え性や月経困難、更年期障害など、女性特有の症状を改善する目的でよく処方される方剤です。自律神経の働きを調整する効果もあると考えられていることから、不眠症の改善にも適しているといえます。これ以外の漢方は、主にストレスや神経のたかぶりなどに対する効果が期待されています。

これらのラインナップを見る限り、精神的ストレス、イライラ、不安などをやわらげ、気分を落ち着かせることで睡眠へと導くことを目的に、漢方が処方される傾向にあるようです。一般に、脳の意識や感覚の程度(覚醒度)を下げて眠気を誘う睡眠薬に対して、漢方の場合はアプローチが異なるのがおわかりいただけると思います。

漢方治療は、体質に合わせて処方することで、身体全体を総合的に整えるという考えに基づいています。またさまざまな効能を持つ生薬からつくられており、同じ成分でも西洋薬のように特定の症状だけではなく、複数の効果が期待できるのが特徴です。そのため、医師から処方される漢方は、ひとりひとりに合わせたオーダーメードといえるかもしれません。睡眠障害の治療で漢方を試してみたいとお考えの方は、主治医に相談してみてください。

漢方は味が独特で服用しづらいと苦手意識のある方には、最近では錠剤やカプセルもあります。従来のタイプの漢方が苦手な方は相談してみるといいでしょう。

【補足】
ⅰ レセプトデータとは、診療所や病院が発行する明細書のこと
ⅱ 分析期間中に一度でも睡眠障害の診断がされた実患者数を分母、うち何らかの漢方が一度でも処方された人数を分子として計算
ⅲ 本分析は健康保険組合に所属する方が対象のデータであり、例えば退職した人とその家族や、75歳以上の後期高齢者は分析対象から外れるため、有病率の分析結果も若干ぶれる可能性がある